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月が綺麗ですね

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読んだ本とか、観た演劇などの感想垂れ流し

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【物語】STORY SELLER Ⅰ【売ります】 



■有川浩ほか著/新潮文庫/2009年/860円

■あらすじ?
これぞ「物語」のドリームチーム。日本のエンターテインメント界を代表する7人が、読み切り小説で競演!短編並の長さで読み応えは長編並、という作品がズラリと並びました。まさに永久保存版アンソロジー。どこから読んでも、極上の読書体験が待つことをお約束します。お気に入りの作家から読むも良し、新しい出会いを探すも良し。著作リストも完備して、新規開拓の入門書としても最適。(「BOOK」データベースより)

■感想

「首折り男の周辺」 伊坂幸太郎 ★

伊坂先生は『オーデュボンの祈り』は好きなんですが、他はどうも好きになれないのです。こんなに人気が出ているのが不思議なくらいです。面白いのを読んでないのかなあ。まあそれはおいといて、今回の短編は、『ラッシュライフ』的な、ある事件や人を軸にその周辺を描いた作品です。もちろん中心は「首折り男」。その周りで、夫婦やいじめられっこや、ガタイはいいけど気は弱い男なんかがあたふたします。うーん。ぬるっとしたのは嫌いじゃないんですけど、でもぬるっとし過ぎているような気が僕にはします。もうちょっと事件が起きてもいいのではないかなあ。

「プロトンの中の孤独」 近藤史恵 ★★★

自転車レースというあまり馴染みがないものを題材にしていて「おっ」と思いました。知らないことを知れるって楽しいですよね。エースをトップにするために自らを殺すアシストたち。グッときますね。団体競技に興味なかったエース候補・石尾が、語り手の赤城に「俺のアシストしませんか?」。しびれますね。学校がら、石尾はどんな声だろう、とか僕はどの人物をやれるだろう、とか考えました。赤城かなー。

「ストーリー・セラー」 有川浩 ★★

難病にかかった妻と夫のやりとりや馴れ初めなどなど。

有川先生の欝モードを読むと、何かもう他人が嫌になります。それはとても良いことなのです。文章でそうなるってなかなかないですからね。有川先生お得意の恋愛のやりとりはきゅんとします。しかし今回は、出会い方が僕には理解できないので、「それなり」なきゅんです。あれを許せるのは個人的にはあり得ないですね。あと、全体的にちょっとやりすぎた感があるなと思いました。すっぱり終わればまだ良かったのになー。

「玉野五十鈴の誉れ」 米澤穂信 ★★★★

小栗家の娘・純香の15の誕生日に専属使用人・玉野五十鈴がつく。古典しか読むことを許されなかった純香に、五十鈴はいろいろな小説を教え、いつしか純香は五十鈴に心を許すようになる。しかし跡継ぎが生まれたことで、純香は「要らない」娘になり、幽閉される。そして五十鈴は…。

タイトルを読んだ瞬間に『イズレイル・ガウの誉れ』じゃーんとわくわくしました。作中にも「チェスタトンが~」とか出るし。知ってる人はニヤっとしてしまいます。そして多分、五十鈴もそうなっていたんじゃないかと思いたい。初めての小説体験にわくわくする純香を見てニヤっとしたんじゃないかなあ。そうあってほしいです。純香の五十鈴への依存がどんどん強くなるところは分かるなあ。心を許せる人がふっと出ると、一気に流れ込んでしまうんですよね。

「333のテッペン」 佐藤友哉 ★★

佐藤先生はデビュー作『フリッカー式』を読んだとき、「もろメフィスト!」って感じだなーと思いました。口語的な主観文章でやたらポップでズレた雰囲気を漂わせる感じ。作品は、要素を詰め込みすぎてむっちゃくちゃになったものだったのでお腹いっぱいになり、他のを読まずにいました。しかし『水没ピアノ』や『クリスマス・テロル』がそれ以上にラリった作品というのを聞いたので、逆に読んでみようと思って全然読んでいない現実。で、このメンツで佐藤先生は異色過ぎだろと思っていたらやっぱり異色でした。でも一番『ストーリー・セラー』というタイトルに合っていると思いました。

東京タワーてっぺんで起こる連続殺人。土産物屋のアルバイト、土江田は何故か巻き込まれていく…。動機は?トリックは?

煽っておいてなんですが、物語の内容自体はどうしようもないです。どうでもいい。これはキャラクタ小説です。トチ狂ったキャラを「がっはっは」と笑い飛ばすものです。佐藤先生や西尾維新先生、清涼院流水先生のように頭を空っぽにして読める話が僕は嫌いじゃないのですが、それにしてもメフィスト賞ってもう消すべきじゃないかと思います。増えすぎだろ。

「光の箱」 道尾秀介 ★

絵本作家の圭介は同窓会に向かう中、昔を思い出す。いじめられていた中学生時代、一緒に絵本を作ることになった女の子との甘酸っぱい恋愛。そして別れ…。彼女はどうなっているのだろうか…。

しょっぱなから「騙すぞー」って意識がビンビン出ててちょっと嫌だなーと思いました。こすいというか、あざといというか。しかもそれが予想通りだから、驚きも何もない。ストーリーが良いかっていったらそうでもない。道尾先生の作品は読んだことがないから、これで印象が決まってしまうのは嫌なので、何作か読んでみようと思います。うーん。

「ここじゃない場所」 本多孝好 ★★

同級生が消えるのを見た高校生・リナ。世界の不自由さ・窮屈さからの解放を願う彼女は彼の秘密を探ろうとして…。

本多先生は久しぶりに読みました。初めて読んだのは『ALONE TOGETHER』で「ああ、いいなあ」と思いました。その時はちょうど、片山恭一先生や大崎善生先生みたいな「村上春樹亜種」がバンバン出ていた時期だったと思うのですが、それらにはない何かがあって、しっくりきました。今もその名残はありますが、少し変わったような気がします。どこか僕の知っている本多作品とは違って、そのズレが何か気持ち悪くて、でも台詞回しはやっぱり本多さんだなあと思うところもあって不思議な気持ちになりました。あと物語が消化不良過ぎてちょっとダメでした。風呂敷広げて逃げた、みたいな。



僕が一番良かったのは、『玉野五十鈴の誉れ』です。
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【ニュートン力学】数学的にありえない【★★★★☆】 






■アダム・ファウアー著・矢口誠訳/文春文庫/2009年/上770円・下770円(税込み)

■あらすじ
てんかん持ちのため大学教授への道を絶たれた数学者・ケイン。ある日、ギャンブルで大負けし借金を背負い込む。返済方法に悩む中、ケインはてんかん治療を受け、その結果不思議な能力に目覚める。その能力を巡り、北朝鮮、ロシア、アメリカに狙われる羽目になったケインだが…

■感想
もっと数字・数式が入り混じるかと思ったら、不確定性原理や量子力学、集合無意識などが飛び交い、中心はラプラスの魔だったという何かしっくりこない物語でした。どっちかっていうと、SFアクション?なのかな。まあ、たしかに数学なんだけど…。個人的に、タイトルでちょっと損をした気がします。物語自体は「ラプラスの魔」を中心にスリルとサスペンス溢れる内容で、面白かったです。視点がころころ変わるのがあまり好きじゃないので、そこに慣れるまではきつかったのですけれど、ケインが幾通りもの未来を見る描写は鳥肌ものだし、小さな「選択」が大きな結末を促す伏線もよく考えられていると思います。あと訳者が頑張ったなあと。韻を踏む台詞が多いのですが、英語と日本語じゃ違うのに、頑張ったんだなー。それから、主要な登場人物間で恋愛要素がないのがいいですね。僕は何でもかんでも恋愛を絡めるのは好きじゃないのです。ただ、物語の展開が同じことの繰り返し(困難→ケインハイパー化→解決)なのでちょっと飽きます。

超常現象的なトピックを科学と絡めてそれっぽく見せるという手法が、ちょっと瀬名秀明先生やマイクル・クライトンに似てるかなーと思ったり。
[海外モノ]  /  tb: 0  /  cm: 0  /  △top

【アンドエンドレス】桜の森の満開の下【★★★★★】 





劇団アンドエンドレス

■原作…坂口安吾/演出・構成…西田大輔

■キャスト
 田中良子as語り女/村田雅和as語り部/窪寺昭asウマヤド/村田洋二郎asムツ/シシュンas岩崎大輔/藤田優衣asハヤリ/中川えりかasナツメ/宮本京佳asトジコ/佐久間祐人asモリヤ/ほか


■あらすじ
人の気が狂うという満開の桜の木の下。男はそこで一人の女に出会い、過去を語り出す。それは、「未来が見える」男が国の政権争いの最中に経験した、哀しく儚くそして狂気に満ちた物語だった。

日出国(ひいずるくに)のオオキミが死に、国は後継者争いの真っ只中にあった。候補者はオオキミの妻の弟シシュンとその兄アナホベ(名前あいまい)。2人には支持する豪族がいた。シシュンには甥のウマヤドとムツ、そしてユトラ。3人は幼馴染である。アナホベにはモリヤとカツミ。ウマヤドは日照りに苦しむ国のため、巫女のトジコに雨乞いの舞を躍らせる「新嘗祭」を執り行うことにした。小間使いのハヤリや、妻のナツメらの協力のもと、新嘗祭の準備は進んでいく。ある晩、ナツメが気晴らしに「桜の森の満開の下」の話をするが、ウマヤドは何故かその話に惹かれていく―――


■感想★ネタばれしまくりんぐ★

何だかわからないけど僕はこの舞台が鬼のように好き。物語も良いんだけど、幻想的な音響と照明をばっちり活かした演出にビンビンきた。

舞台は、現実と物語の2つを軸に進む。現実は「政権争い」、物語は「坂口安吾の小説」。基本的にウマヤドを主人公とした「現実」がメインで、その中で「物語」が語り部たちによって語られる。この2つの軸が混ざり出すところにゾクゾク感を感じた。

・死の宣告

劇中に桜の女が「○つ目」と囁く。このカウントは普通に考えたら「死」の数。トジコ登場前に「2つ目」、桜の女たちが舞うところで「3つ目」、モリヤ、カツミ、ハヤリの死で「6つ」、ナツメで「7つ目」。そして「本当の8つ目」は「母親」か「ユトラ」。「本当の」ということは「嘘の8つ目」があったはず。ウマヤドの告白は、先視からは逃げられないことを痛感して母親にすがり、母親もまたウマヤドを受け入れて「2人で暮らそう」と持ちかけるところで終わる。しかしこの「母親に受け入れられた」のが嘘で、本当は「ユトラと密通していた」のを見た。そして2人を追いかけ、殺した。これが「本当の8つ目」。2人とも殺していると9つ目になるが、ナツメは正確には死んでないから、計算では8つ目になる。結局「嘘の8つ目の死」はよくわからん。

われながら強引だなー。


・語り部の意味

ラストはウマヤド以外が語り部になり、『桜の森~』を情感たっぷりに朗読する。僕はここにぐっとくるんだが、まあそれは置いておいて、ここから何がいえるか。それは、ウマヤド以外はみんな死んだということだ。劇中に死んだのはハヤリ、シシュン、モリヤ、カツミ、カジマル。ナツメは自殺未遂。ユトラと母は最後に「死」が示唆された。トジコも登場前に「3つめ」と宣言されていた。ムツは「お前は助かる」とウマヤドに言われたが、おそらく死ぬ。これは後に書く。そういうことから、語り部は死者だと思われる。あるいは現実から外れた者たちである。その証拠に、語り部は「黒衣」に身を包んでいる。

すると、気になる演出がある。「語り」は「現実」の中で滔々と語られるが、「現実」の人物はその語りを聞くことはできないし、語り部を見ることもできない。しかし途中から、ウマヤドは語り部の「声」が聞こえるようになり、語り部の「本」を拾うこともできる。つまり、ウマヤドは生と死の境界にいるということだ。また、ナツメも自殺直前に「本」を読む。ナツメは死に直面しているのであり、そこは境界が曖昧なのだ。だから「本」を読むことができたのだ。しかしウマヤドは死なない。なのにどうして境目に立てたか。桜に魅入られたからか、「先視」のせいか。うーん。

また、語り部が服を脱ぐ場面も死と生を象徴している。服を脱いだ語り部は「色鮮やかな」衣装を着て「現実」の人物として舞台に登場する。それが表しているのは死から生への移行、あるいは、現実と虚構の交錯もしくは融合なのだ。


・甦る死者の死

「現実」にきた語り部はユトラと母である。つまり「本当の8つ目」だ。意味はあるのだろうか。もちろんあるだろう。少なくとも、僕はそう思う。彼らはウマヤドに「呪い」をかけたといっても過言ではない。ユトラは「果てない世界を創る」という約束に基づき、ウマヤドの周囲の人間を殺していく。母は「お前が生まれたからオオキミは死んだ。お前は化け物だ」と責め立て、ウマヤドの存在証明を奪っていく。ある意味では、それがウマヤドが世界に固定された理由なのかもしれない。

ウマヤドはユトラについて「彼だけなんです。嘘を吐かないのは」と評する。そして母親について「先視ができない人が一人だけいるんです」と述べる。嘘を吐かない人間、未来が見えない人間とは何か。それは死者である。ユトラと母は、「現実」にいながら死者なのだ。そして生ける屍は最後に再び殺される。殺されることが分かっていたかのような。予定調和だったのか。だから最初語り部だったのか。いやー違うな。何でこの2人が最初の語り部だったのかはわからない。


・ナツメの愛

ちなみに「先視ができないのは死者」という観点で考えると、ナツメが何故自殺を図ったかが分かる。ナツメはウマヤドに覚えていてほしかった、自分を見てほしかった。しかしウマヤドが求めていたのは「先視ができない人間」だった。それは死者でしかない。ナツメは自らを死者と化すことで、ウマヤドが最も求めていた人間になろうとしたのだ。ある意味ではこれも呪いか。


・ウマヤドの孤独

ウマヤドは「先視」で未来が見えることが嫌で仕方が無い。自分の価値の全てを「先視」に置かれ、それ以外に意味がないように思えてくる。だから、ウマヤドは何とか「先視」できない未来を求めている。死ぬ運命が見えたモリヤやカジマルに「逃げろ」というのはその証だ。「先視」が万能でなければ、本当の自分を見てもらえるからだ。しかしそれはユトラの計によりことごとく失敗し、結局「先視」からは逃れられない。そしてウマヤドは絶望する。親友と思っていたムツも、ウマヤドの「先視」を頼りにしたのだ。ウマヤドは「お前は助かる。だから目の前から消えろ」と声を振り絞る。しかしこれは嘘だと思った。絶望感からくる復讐ではないのか、と。この未来が見えていたのか分からないが、ウマヤドが嘘を吐いた方がしっくりくると思った。そして最後の頼りだった母もユトラと密通しており、ウマヤドは本当にひとりになる。

周りの人間がすべて死に、ウマヤドは孤独になった。だから孤独が怖くなくなる。だから気が狂うはずの桜の下が怖くなくなる。孤独は、集団がいるからこその孤独であり、孤独そのものは孤独を感じない。それは「他者」があって初めて成立する関係である。


・桜の女たち

桜の下の女たちの衣装は「白」である。語り部の黒は死、現実の色づいた服は生ならば、「白」は何を意味しているか。白は何にも染まる色。つまり彼女たちは人間の原始、生まれたての意思、大げさにいえば世界の始まりか。すべてが等しい状態。そこに「個性」が打ち込まれ我々は「個人」になっていく。その過程で「他者」が生まれ「集団」が形成され、そして「孤独」が生まれる。彼女たちこそ孤独の根源。彼女たちから生まれた人間は、そこで心地よさと恐怖を覚えるのだ。

また、原作に「とっさに彼は分りました。女が鬼であることを。」とあるように、あるいは彼女(たち)は鬼だったのかもしれない。白は他の色とは一線を画す色。「人でないモノ」を象徴していたのかもしれない。

3回目を見て思ったこと。女たちは、ウマヤドの周りで死んだ人間ではないか。ユトラとの密通を見られた母親がウマヤドに追いかけられる場面で、途中、女と入れ替わる。母親=女ではないか。ならば彼女たちは死者から語り部へ移り変わる段階の姿ではないだろうか。「桜」は死者のモチーフということだ。


『桜の森~』は死者が紡ぐ物語だ。そして桜に魅入られた生者を「孤独」によって狂わし、それによって死んだ者が再び物語を紡いでいく、それはまるで呪いのような、永遠の物語なのだ。始まりは終わりで、終わりが始まり。だからこそ、オープニングは語り部(死)から始まり、エンディングも語り部で終わるのだろう。満開の桜の下では、死が生を包み込み、繰り返されるのだ。
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【家族の絆】サマー・ウォーズ【★★★☆☆】 

■監督・脚本…細田守

■キャスト
神木隆之介as小磯健二/桜庭ななみas篠原夏希/富司純子as陣内栄/斎藤歩as陣内侘助

■あらすじ
憧れの先輩・夏希に誘われて長野の陣内家にやってきた健二。夏希の彼氏として振る舞い、個性的な陣内家の面々に圧倒されながらも、「温かさ」を覚える健二。しかし、ある晩届いたメールの暗号を解いたことで、世界は一変する。健二と陣内家は、一致団結して世界の危機へと立ち向かうのだった。

■感想
面白かったといえば面白かったけど、どこか物足りなかった。見終わった後にその世界に浸ることもなく、スッと現実にシフトできた。それは言ってみれば、「どこか受け入れられない」ということだ。

僕にこの映画を自分の世界の外側に置かせた最大の要因は、僕の「家族」への感覚だろう。この映画は「家族の絆」をテーマにしている。僕は親族にある種の嫌悪感を抱いていて、自らの家族をほしいとも思わない。大丈夫かもなーと思ったことはあるけれど、それもなくなってしまった。だから、ああいう「仲良し大家族」みたいなものに憧憬を抱くと同時に疑問を覚える。和気藹々とご飯を食べるシーンなんて、憧れそのものだ。軽口を叩きあい、時には下ネタが飛び交い、食事が終わっても食卓から離れたくないなーという感覚を生む場。素敵じゃないか。でもそんなものは自分とは無縁なんだな、と冷静に思う。そして、もしかしたら自分はさみしい人間なのかもなー、とちょっと切なくなる。逆に、比較的家族仲が良い人は、この映画が気に入るんじゃないだろうか。素直にうらやましい。卑屈な感じがするだろうけど。

一貫して物語の中心にあるおばあの存在感はものすごい。昔の写真が可愛すぎるし、おばあになってからも可愛すぎる。しかし1人に支えられるものが家族なのかしら。それは言ってみれば独裁主義ではないか。勿論、みんながおばあのことが好きなのは分かる。でも、「おばあちゃんにしたがってきた、それがうち」みたいな台詞はちょっと受け入れられない。個々が独立して構成されたもの、謂わばスタンドアローンコンプレックスが僕の理想の家族だ。物語の後半からは、独裁主義からそんな感じになり、良かったと思う。独立してまとまろうという感覚。

主人公は3人だと思う。健二、佳主馬(かずま)、そして侘助(わびすけ)。この3人の成長というか、それぞれ前に進む様が描かれている。

健二は引っ込み思案で小心者だが、物語が進むに連れて「家族」の中に入り込み、「家族」を動かしていく。佳主馬は殻に閉じこもりがちだが、「OZ」との戦いの中で殻を破る。そして侘助は捻じ曲がった「家族」への愛情を修正する。

僕は侘助が一番好きだ。家族からはぐれ、だけれども誰よりもおばあを愛している。まるで『北斗の拳』の聖帝サウザー。まるで『彼氏彼女の事情』の有馬怜司。こっ恥ずかしいことだが、僕は有馬怜司に親近感を覚えている。別に僕は愛人の子とか、才能あるピアニストでもイケメンでもないけど、「人生をゲームと見做すことにした」という点で共通している。楽しいことをしようじゃないか。閑話休題。侘助が車の中でおばあを回想するところが、僕の中でのクライマックス。もっと侘助の場面がほしかった。侘助の場面があればあとはどうでもいいとさえ思う。世界滅んでもいい。描かないことで想像させているのか、それとも侘助はやっぱりメインじゃなかったのか。まあとにかく、僕は侘助が一番好きなんだ。

僕はもっと、現実世界で人間がいろいろ動くと思っていた。しかし物語の佳境は、ヴァーチャルの中で行われた。ネットワークの混乱がトラブルを引き起こしていく場面はとっても良いと思うし、スリリングだ。数億のアバターを取り込んだ群体は脅威そのものだし、それは現実にあり得るかもしれないのだ。だからヴァーチャルでの出来事が大きいことは分かる。ヴァーチャルにリアルを投射している物語というのも分かる。分かるんだけど、物足りない、と思うのは僕が意外とアナログだからなのかしら。もっと、「今の時代だからこその現実での繋がり」が出ると思っていたのだ。最後の「俺の力を使ってくれ!」ってのも定番だし、何か新しい要素がほしかった。僕には思いつかないけど…。

『時をかける少女』でも出ていたけど、細田監督の異世界描写はすごい好きだ。白を背景に様々なモチーフのコラージュに緑や赤を多様した色彩。それが『サマー・ウォーズ』では格段にレベルアップされていて、ワクワクした。「OZ」の描写は圧倒されるし、溢れるアバターも個性的で、だけど「いま、ここ」という感じがする。ヴァーチャルといえば「ここではないどこか」だったものが、「いま、ここ」になっているというのは実は凄いことなんじゃないか。そういう「見る側」の感覚の変化みたいなものを感じた。

あと、AIはいつから感情を持ったんだろう。知識欲だけのはずが最後は明らかに恨みの感情を持っているように思った。陣内家に衛星を落としても何のメリットも無いのに。障害がなくなるというメリットはあるけど…よくわからない。

そういう、面白いなあというモノと、これはちょっとなあというモノがせめぎ合っているところで、ラストの「主人公ハイパー化」。笑いそうになった。アレはギャグなのか…?僕はご都合主義大好きだけど、ご都合主義にも受け入れられるものとそうでないものがあると思う。これは後者。『トップをねらえ!』とか最初から突き抜けた感じだといいけど、急に覚醒するのは正直どうなんだろう、と。テンションでおしきられなかったのは残念だった。あれで結構ぶち壊しになった。

いつかこういう家族ができたとして、そのときにもう一度見たら、細かいことを気にせずにもっと素直に楽しめるんじゃないかと思った、そんな映画でした。
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【深く】THE DIVER【★★★★★】 

脚本・演出…野田秀樹

■場所・日時
池袋芸術劇場/9月9日

■キャスト
大竹しのぶ/渡辺いっけい/北村有起哉/野田秀樹

■あらすじ
放火殺人の罪で逮捕された女。検察や警察は裁判で彼女の罪を裁こうとするが、肝心の彼女は自分が誰かを見失い、様々な人物に成り代わっていく。カウンセリングにあたった精神分析医は、彼女の心を覗くたびに、その奥底に引きずりこまれていく…。事件の真相は、動機は?何が彼女をそうさせたのか。現代と源氏物語と能を行き交う精神の物語。

■感想
有無をいわさない迫力がある面白さでした。今までみた芝居の中で(数えるくらいしかないけど)一番面白い。

4人が抜群に上手いんだけど、中でも大竹さんの演技が異常。コロコロ人物が入れ替わるんですが、それを瞬時に行い、人物に一貫性と整合性があり、そして一番やばいと思ったのが、一瞬で見ているほうもそれを理解できるということ。野田さんいわく、「瞬時に、直感的にやってのける」そうです。いみわかんねえ。

割と小さな舞台で、長椅子と布、本や覆面、そして扇子なんかの小道具を使った場面転換がすごく面白かったです。扇子の応用っぷりったらまるで落語みたい。稽古たいへんそうだな。でもすごく面白そう。

物語は結構絡み合っていて、不可解な場面も多いのですが、だからこそ魅かれます。心理的にすごく複雑で(有る意味では単純なんだけど)、ヌラっとした軟体動物の動きを想像させました。僕はそういう系統か、あるいは底抜けにどうでもいいくだらない物語が好きです。

これは「名前」がテーマの1つでもあります。僕の卒論とピッタリじゃまいか!いろんなところにアンテナは張っておくべきだなあと痛感した次第です。ああそれにしても面白かった。
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